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山陰線ホームの思い出(1975年)

京都は昨夜から雪の予報だったが、今朝方起きた頃にすこしちらついた程度。
天気も良いし、外へ出て写真でもと思ったがとても寒くあきらめた。
このところブログも更新が遅れがち、ネタがない訳ではないが意外と準備に手間取ったり。
今日も準備に半日以上を要してしまった。

京都駅山陰ホームと言えば蒸気機関車ブームの頃よく訪れ、中高校生のキャンプにはここから旅立った思い出の場所。
今では、電化され3面のホームに古い113系や183系(485系改造)が出入りしている。
 1991年の8月、暑い盛りにコンバーチブルホースマンを手に、ひとり京都駅へ出かけた。
京都駅が新しく生まれ変わるとの情報で、大正時代からのホームがなくなる前に撮影しようと向かった。
更に遡る1975年5月、蒸気機関車が消滅し、まだ古い雰囲気のある山陰ホームに訪れている。
 2度に渡る取材から、旧山陰ホームの様子を振返ってみることにしよう。

①山陰1番出発信号機
今回改めて気が付いたが、電化され架線があることに気が付いた。
その先には、山陰本線から京都駅1番線への線路が分岐している。
はるか向こうに大宮の跨線橋が見える。
左には153系新快速が写っている。

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②山陰2番出発信号機
ホーム先端には蒸気機関車時代の遺物、給水スポートが残っている。
線路右脇には保線機材など古い倉庫が残り、前方のホテルと対照的だ。

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③給水スポート
長い間使っていないのだろう、凍結防止のむしろが哀れに見える。

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④一番左端の線路は荷物ホームにつながり、荷物車が入線する。

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⑤長距離客車のため給水栓が設置されている。

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⑥山陰2番線起点側、機回し線分岐器付近
このあたりは分岐曲線のため、ホームが湾曲している。

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⑦機回し(C5739;1970年)
75年当時すでに蒸気は消え、機回しはDD51ぐらいに使用していたのだろう。
荷物ホームにワキ1が停車している。

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⑧山陰2,3,4,5番線終端、車止め

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⑨山陰1番線終端、車止め(1991年8月)
75年の画像がなかったので、新しくなっているが、東海道1番線ホームはまだ古い屋根。

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⑩山陰5番線荷物ホームからの夕景(1982/09/10)
スハ43,オハ35,オハ61が最後の頃
今はなき荷物ホームから見る。

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先日も新しいホームから豊岡へ向かったが、この写真の頃の記憶が鮮明に残っている。
今後も順次、昔の福知山線や加古川線の駅風景を紹介したいと予定している。

撮影日;特記外は 1975年5月
Camera;
①②③④⑤⑥⑨;minolta SRT-101
⑦;Konica C35
⑧⑩;コンバーチブルホースマン

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