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セラ200検討図・その5

模型化に入るつもりだったが、忘れていたものがある。

形式写真では空制装置の配置も何も判らない。
前回のハンドブレーキとの兼ね合いも複雑で何から手を付けてよいのか。
車端部の空気ホースもまだ描いてなく、既存パーツをはめ込んでみると問題が発覚した。
歯車箱と肘コックが重なる。
また、開戸リンク機構の一部が制動主管と重なってしまう。
 あらためてリンクの長さを検討しなおしそれぞれの問題点を回避した。
もう1ヶ所、セキ等のボギー台車と違い、戦前の2、3軸車の場合は坦バネの支持は坦バネ中心が一致するしなければならない。
当初、軸箱守は側梁の外側に固定するものと想定したが、上記原則に合わない。
側梁の位置を検討しなおし、坦バネ中心と合わせることとした。
●開戸リンクと歯車箱、側梁

Sera200p05_2

戦前の3軸車では側ブレーキ寄りにシリンダ、空気ダメが並列して並ぶのが一般的のようである。
本形式では軸距離、ハンドブレーキの構造から判断して、KDシリンダーと空気ダメが直列して並ぶことも想定した。
まだ検討が必要だ。
●空気ダメ(シリンダー未済)

Sera200p06

ハンドブレーキとの兼ね合いは、もう少し検討を要する。

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コメント

進んでいますね!
他に資料が無いか探していますが、見つかりません。
「名物」と言われたいた様子ですから、撮って居られるのでしょうけれど、発表されていないというパターンなのでしょうね。
ブレーキシリンダは、まさか特殊品では大変ですから、KDタイプと考えるべきなのでしょうね。他の3軸車はどうなっていたのでしょうか?

見れば見るほど、好ましい貨車ですね・・・

投稿: 廣瀬 | 2016年11月24日 (木) 02時20分

廣瀬さんに探して頂いても出てこないのなら、これ以上の情報は難しいでしょう。
詳しくは知らないですが、昭和40年代には無くなっているでしょうし、晩年残ったものは無蓋車に改造されています。
明らかに貨車を意図して撮ったものは小熊米雄先生の写真くらいしか見当たりません。
釧路という環境もあるので、昭和30年以前のものは期待できないでしょう。
模型ですから、炭鉱風の機関車を用意しなければなりません。想像の世界です。

投稿: みつる | 2016年11月24日 (木) 06時57分

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