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セキ1を取り巻く年譜から

 『三十噸積石炭車・・・』 => 申し込みのページ (残部僅少)

  最新追加情報(2019/04/14)

下に追記あり

本文では考慮できなかったが、セキ1形式の誕生から形式消滅までの年譜見てみよう。

推測や、検証のできていない箇所があるが、他形式との関連が浮き上がってくる。

20190416_
昭和26年、セキ3000の誕生を境目に線を引いている。
と前後してセキ1の廃車が始まり、私鉄へ移籍していく状況が見える。

カーダンパーは昭和8年(9年)から設備され、ヒンジの補強が始まったのではないだろうか。
枕バネのも新情報で示したように、この直後昭和14年ころから換装されたのであろうか。
セキ1の国鉄に残ったもの、つまり溶接構造に更新されたものが釧路臨港鉄道に移籍したのだろうと想像する。
そのような状況から「1d2」、「1f1」「1g1」、「1g2」、「2b2」、「2d2」、「2d3」あたり、比較的洗練されたスタイルではないだろうか。さらにヒンジ補強を装備したものが大多数だろう。
私の推測である。

さて、昭和30年代を模型化するならば、
上記溶接構造のものを自作すればリベットを打たずに済むし、比較的容易に再現できるのではないだろうか。
台車は市販品がないなら16番ではTR-20で代用するかアメリカ型のアーチバーを利用する手もある。
数両作って、市販のセキ1000や3000を繋げば良いだろう。電化対応車にはしないように。
なお機関車は時代的にはD51、D50、9600あたりのATS非装備にするのを忘れないように。
と妄想した。

※追記
正確な数字ではないが、国鉄(鉄道省)在籍両数の形式別比率を調べてみた。適当に・・・。

セキ1000は昭和4~19年に1500両製作されているから。
昭和4年頃 セキ1:セキ600=526両:300両=10両:6両 くらい

昭和19年頃 セキ1:セキ600:セキ1000=526両:300両:1500両=4両:2両:12両 くらい

昭和29年頃 セキ1:セキ600:セキ1000:セキ3000=402両:287両:1500両:600両=3両:2両:12両:6両

昭和35年頃 セキ1:セキ600:セキ1000:セキ3000=47両:36両:1500両:600両=1両:1両:30両:12両

セキ1は昭和39年に限りなくゼロに近いわけであり、セキ600も同様である。
昭和35年でさえ、1編成に1両あるかどうかである。
在籍両数から推測すると、昭和29年以前でなければセキ1の含む列車はありえないことがわかる。
セキ1の存在感を示すとすればセキ3000の登場する以前、昭和25年辺りまでが妥当である。
それでもセキ1000が大勢を占めていて、セキ1、600にお目にかかるのは少ないだろう。
セキ600は地方私鉄に移籍したものは少なく(雄別鉄道)、記録されているのが少ないことがはっきりわかる。

戦前、昭和10年台、9200形式蒸気あたりが索引するセキ1の列車が妥当な編成と考えられる。
このようなことがわかってくると、9600原型にオテセ11000を20両くらい引かせたいものであるが・・・。
そんなに沢山自作できんわ。
あくまで想像であることを承知願いたい。

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コメント

こらは素晴らしいです!
さすがですね~
時代が見えます。

投稿: 廣瀬 | 2019年4月16日 (火) 21時39分

見れば見るほど頭が混乱して訳わからんようになるので整理しました。
推測ばかりですが。
※追記
以上の評価結果から、昭和26年セキ3000が登場する以前、セキ1、600が存在感を示す列車はありえないことになりますなあ。
昭和29年でも大勢をセキ1000が占めるわけです。
戦前まで遡ると、9600や古典機コンソリが引くような編成に限定されます。
D51が引くようなことはありえん訳です。うちのATS付きナメクジでは使えませんな。
まあ、模型のことですから・・。

投稿: みつる | 2019年4月16日 (火) 22時25分

模型のことですから・・・
うちの、2500と8100は黄帯の交流電化対策車を牽いています~ この改善のため、セキ1やセキ600のキットが欲しかったりします(笑)

投稿: 廣瀬 | 2019年4月18日 (木) 01時42分

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