施設

三田から宝塚へ

 古くからの知人が亡くなり6年余り(七回忌)で、友人とお墓参りに行った。
レンタサイクルのアクシデントがあったり。
帰路、お宅に寄ってご家族と懇談した。

往路は大阪駅から特急で福知山線、事故現場では手を合わせた。

復路は宝塚で下車し、ちょっと豪華な夕食をいただいたが、同じフロアに手塚プロの事務所だったことを知った。
近くに手塚治虫記念館が近い。

時間があったので河原の遊歩道をあるいたが、美しい風景で爽快だった。
30階はあるかと思うビルが立ち並び、新しく建築も始まっている。

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宝塚駅はJRも阪急も大きく、阪神間の街とは雰囲気は異なり、すれ違う人々はおしゃれに感じる。
両駅の乗り換え客も多く、活気がある。

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宝塚はファミリーランドが閉園する前だったので25年は経つことになる。
南口から今津線で西宮北口で乗り換え京都へ戻った。

途中、門戸厄神あたりで窓からみても昔とは風景は異なり、知人の家も見えなかった。
阪神淡路震災直後の風景を思い出した。

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福井鉄道本社社屋(解体済み)

 木造駅舎の話題が続く。
2005年ころ、福井を訪れたのは前回も触れた。
当時、福井鉄道福武線北府駅、南側に福井鐵道本社木造社屋があった。

現在のこの交差点あたり。
https://www.google.co.jp/maps/@35.9091894,136.166531,3a,75y,327.65h,93.46t/data=!3m6!1e1!3m4!1sxrhnUGYFFGCzb4_A15_0NQ!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja

木造2階建て瓦葺き、当時すでに老朽化が目立ち、長くはないだろうとは思っていた。
北側、入り口付近は近代的なサッシに改装されている。
特徴的なのは1~2階に通し柱が外部に露出している。
壁面に突起があり、梁が露出しているのだろうか。
縦羽目板張りである。
記憶には残っていないが薄緑色だったようだ。
2階窓枠は原型を残しているようだ。

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南側交差点から見る。
老朽化は著しく、1階壁面はモルタル塗りに改装されている。
窓枠もサッシに更新されているが、小さい窓だけは原型を保持している。
1階屋根はカラートタン葺きだろう、雪国の特徴である、雪が落ちないよう桟が見られる。
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壁の塗料は劣化し、地肌が目立つ。
すでに老朽化で長くはないと感じた。
現在は駐車場となっている。

模型化するには大きすぎるが見応えがある。

次回は木造駅舎の進捗を報告できるだろう。

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えちぜん鉄道に乗る

 福井へ日帰りで、えちぜん鉄道に乗車してきた。
2年前からパソコンの不調の相談を受けていたが、いずれ行かなければならないだろうと思っていたが、諸般の事情で延び延びになっていた。

この機会を逃すといけないだろうと、双方の事情もあり日帰りとなった。
5時間の作業予定時間、想定通りには済まず1時間延長して終わった。少々積み残し、時間切れ。
1時間遅いサンダーバードで帰路についたが、指定席は満席、自由席で何とか座れた。

20年ほど前、えちぜん鉄道に乗車していたが、この機会に永平寺口で駅舎と旧変電所を撮影した。

Echizen03 Echizen01

帰路、松岡駅を見学し撮影した。

Echizen04 Echizen05

狭いため、14mm広角でも室内は厳しい。

もう一度、日を改めて一日を費やして沿線を記録したい。
まさにレイアウト、地鉄電車である。

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愛知川役場と新八日市駅舎

 先週、愛知川へ行ってきた。今は愛荘町になっている。

古くは中山道の宿場町で、知らなかった。
考えてみれば、東海道は鈴鹿峠を超えるのだから、そうなのだけど。

京都から2時間、往復6時間の旅である。
今の役場とは別に、愛知川町時代の旧役場の木造建物が復元保存されている。
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標準レンズ(27mm)しか持っていなかったので、全体が入らない。
木造の洋館であるが綺麗に復元されていて、興味深い。

この建物とは異なるが、滋賀県では近江鉄道の新八日市駅は木造洋館で今も健在である。
15年ほど前の撮影していたので、模型化図面を描いてみた。
Nゲージサイズのペーパークラフトは、京都模型から発売されているようだ。

●新八日市駅舎
撮影;2005年頃

まだ蔦は絡んでいないの全体が見える。

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ホームは嵩上げされているので、建物は一段低い。

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写真を参考に図を描いたが、柱の間隔が不明で、ホーム側の間取りがはっきりしない。

柱間隔を1970mm、柱角を150mmと想定し描いたので、模型化には窓枠に合わせて設計し直しが必要だろう。

※参考図
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瓦屋根をトタン葺にして、北海道の鉄道庁舎としたいなあ。

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カーダンパーを妄想するー(4)

 何に手を付けようか迷いながら昼過ぎになってしまう。
結局これしかないが、厄介なしごとばかりになるので気が進まない。

リブにハンダを流し、かるくキサゲしょりしてから使いみちのないリベット2列のウインドシルを中央部に貼る。
脇にリベット打ったアングルを取り付けた。

熱で歪んだのだろう、ねじれがでてしまった。

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カーダンパーを妄想するー(3)

 久しぶりに朝から8時間ほど工作に集中した。
補強リブを16枚とランボードを作る。
柱は「H型鋼」だと思われるが、0.25の真鍮板にスジ堀して3x6.5のチャンネルを自作した。
先般、大先輩からいただいた真鍮板で、0.25mmが薄すぎず厚すぎずである。
ところが思ったより腰がなく、切り出すのに慎重を要する。
市販にないチャンネルも自作できそうだが、当然折が甘くなるのは仕方がない。

貨車がもたれかかる方は大きなリブが4枚+4枚で、重くなる。
柱のほうは内側に鐵の塊、クランパーが支持されるので柱周りは補強の筋交いがたくさん入る。
古い1mmアングルの端にリベットを打ってそれらしくしたが、ハンダ付けの熱で歪む。
まだ仮組状態なので適度にハンダ付けしてキサゲ処理が大変である。

明日はガーダーのようにトラスの入った下弦材を作ろう。

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カーダンパーを妄想するー(2)

 M2ねじで仮組みする。
最終的には皿ネジで頭を沈め、前後面にアングルの付いた化粧板を貼り付ける。
リベットがいっぱいあるがどうしようか、アングルを円周上に曲げるなんてことができるんか。

カゴ状になったので、線路を敷くテーブルを4mmアングルとt=0.5で組んだ。
シフトするガイドレールをΦ2ドリルロッドを使い、Φ4真鍮丸棒にΦ2を貫通して通す。
柱と筋交いの通る構造が写真が少なく、構造がわかりにくいので想像で組みたい。
石炭車がもたれ支える側は⊿の大きいリブが4枚入ると思うので、薄板を使う。

石炭車が進入する、中心は左にずれている。

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回転すると線路が右へシフトする。

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とこんなイメージだろう。

底板の寸法が間違っているので修正しないと取り付けられない。

細かい仕事で進捗しないが、今日はここまで。

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カーダンパーを妄想するー(1)

 3,4日は古い9600原型2軸テンダーのロッドを作った。
自作の2つ目96にロッド類を転用したので足りない。
洋白ではうまく削れなかったので真鍮板で作る。
真鍮でも黒染すると落ち着いた調子になるので、こちらを選んだ。
とりあえずスルスルと転がるようになったので、後日つづきを製作したい。
分解時に上回りのハンダが外れたので、補修もしたい。

週末から図面を描くのに頭が一杯である。
数日、図面を描いては考えの繰り返しで、なんとか結論は出た。

カーダンパーの動き、ムーブメントを確かめよう。

直径7mの中心から230mmシフトして線路は進入する。
つまりカーダンパー内に石炭車が押し込まれ、230mmして回転する。

もうすこし正確には、回転しながら約5°でカムが外れ、石炭車の載る線路が230mm移動する。
同時に、上からクランパーが下がり石炭車の上部を押さえる。(p=5,200、4箇所)
クランパーはワイヤーでつられている(図では左)が、自身の重量で下がり石炭車の押さえる。
回転し、クランパーが緩まないよう、釣るのとは逆側(図では右)をワイヤーで引き締める。

石炭車の横は押さえられることはなく、シフトして下になる側の鋼板にもたれかかる。
およそ155°回転し、石炭を排出したあと元の位置に戻るが、クランパーが上昇し、カムに押され線路が230mm平行移動して戻る。

図をごらんいただきたい。
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クランパーはワイヤーで吊られているがモーターで引き上げているのだろう。
反対側の締める側もモーターと想像するが、詳しい機構は不明である。

とりあえずt=0.5、0.8の真鍮板で切り出した。
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さて、このムーブメントを模型でどのように実現できるだろう。
シフトするところは実物同様カムでできるだろうか。
クランパーの駆動する動力をどうするか。
一つだけアイデアがある。うまくいくかな。

この他にも石炭車を押し上げるミュールカーの実現方法は未解決である。

石炭車の押し込みと送り出しをできるのだろうか。
まだまだ未知数である。

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御殿場線・谷峨~山北

 出張の途中の休みに遠出をして御殿場線を歩いた。
D52が走っていた頃は写真でしか知らないが、僅かに遺構が残っている。

撮影場所;谷峨~山北駅
撮影年月日;2004年3月
戦前の複線時代の橋脚が見られる。

N0210004

煉瓦積の橋台に古いプレートガーダーが残されている。
B6やD50も走っていた頃のものだろう。

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旧複線時代のトンネルだろう。

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単線電化され、橋梁も交換されている。

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桜には少し早かったが、もう春は近い。
山北駅(沼津方)、D52の発車でも有名な撮影場所である。
複線と引上げ線くらいの余裕はある。

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●山北駅構内

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沼津方、下り方面を見る。

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国府津方上り線、右方向あたりに転車台があったのだろう。

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明治の機関車コレクション、9750形式など、背景の山に見覚えがある。

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下り外、ホームの痕跡が残されている。

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ホームから駅舎を見る。

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駅前を見る。
ここの跨線橋は古く有名だが撮影していなかった。

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●駅前の洋館

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D52や9600、D50の頃を妄想したい。
完結

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N社の資料から

 模型の工作が止まって一週間になります。ちょっとやる気が・・・。

明日から数日は定例案件処理のためしばらくはできないでしょう。
 
 石炭桟橋、運搬に関係する情報をネットや手持ちの資料から探し、セクションの参考にしようとしています。
 1960年(昭和35年)頃の資料を探そうとすると、非常に少なく、先の「科学画報」くらいで何もつかめないというところ。
 亡くなった親父が35年ほど前まで日本輸送機に勤務していたこともあって、当時の社内誌がいくつか残してある。
 「創立20周年記念誌」(昭和32年10月)、ちょうど私が生まれた当時のものである。
鉄道に関係する写真もあるが、そのなかから興味があったものを拾い出した。
●フォークリフト用ショベルアタッチメント
ショベルカー(タイヤ式)も製作していたようだが、フォークリフトに付けるというのは特殊な例だと思う。
写真は、貨車の形態から見ると九州の高架桟橋だと思われる。

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●コンベヤー
船から陸揚げしているのだろうか。このようなコンベヤーを見るのは初めてで、稀な例だと思う。小さなふ頭には、手軽に導入できるのだろう。
想像だが昭和20年代ではないだろうか。

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●貯木場
パルプ工場の原木貯木場での運搬事例、比較的小さいサイズの原木のようだ。

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他にもいくつか興味ある写真はあるが、これぐらいにしておこう。
 
古いアルバムには、弁天町の見本市会場で撮影した写真も残っているので、探してみようと思う。

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