施設

池島炭鉱・坑内体験

 6日金曜の夕方からフェリーで門司、長崎方面へ、今朝帰宅しました。

今回の主目的は長崎県西海市の池島炭鉱の坑内体験ツアーに参加です。
7日新門司港着岸後、九州鉄道記念館、筑後川昇開橋の見学後に御床島に宿泊し、8日は瀬戸港から池島へ渡り、午前中は炭鉱の概要と昼食のあと、入坑しました。
 池島炭鉱は2001年まで出炭され、今も多くの設備が残されています。
水面下600~700mには坑道は残されていますが、遮蔽されすでに水没しているようです。
 9日は乗用車で平戸市から平戸島、生月島(いきつきしま)を経て松浦、唐津を経て新門司港へ戻りました。
●筑後川の昇開橋
寄付をしたので昇開橋を揚げてくださいました。
橋梁はそのまま残されていますが線路はなく、舗装され、対岸へ歩いて渡ることができます。

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●池島炭鉱・バッテリーロコ(BL)の牽く人車で入坑
当時の設備を利用して斜坑につながる保守用の線路から坑内へ入ります。
BLは前後のプッシュプルですが、前片方しか稼働していません。
我々もヘルメット、キャップランプ、軍手を着用し、100m程度人車に乗り入坑です。
地下700mにはドイツ製の高速人車で移動していたそうです。

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●斜坑
炭鉱末期には出炭には使用されず、機器のメンテナンスのために使用されていたようです。
斜坑の斜度は17度で、右側中央に明るく見えるのが坑口で、高度差は60mあります。
手前には見学のため板張りになっています。
斜坑の下側は封鎖され真っ暗です。
暗闇や避難施設、発破の疑似体験をします。

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体験は物足りませんが、唯一入坑を体験することができます。

●ジブローダー
今回一番見たかった設備です。
選炭設備やコンベヤーなどは残されていますが、保全会社で管理されているの立ち入りはできません。

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池島炭鉱は昭和62年頃最盛期を迎え、近代的設備のため大きな事故もなく閉山しました。
今回は鉄道に直接触れる機会はありませんでしたが、楽しんでまいりました。

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川西池田(福知山線)

引続き福知山線の話題をご紹介しよう。

当時はレイアウトモデリングの摂津鉄道がよく知られ、古いTMSでも紹介されている。
 谷川と同じ日、大阪駅から7時台の客車列車に乗った。
途中、特急「まつかぜ」を撮影、川西池田で退避した間に撮影したのだろう。
時間の制約から、僅かしか撮影していない。
注)
写真編集をしているPhotoshp画面から変換すると、ブログの写真が劣化しているようです。(シャドウが潰れる)以前から時々発生していて、何が原因なのか、やはり紙焼きで見るほうが良いのでしょう。画像を入換えることがあります。
●駅本屋、信号てこ
ローカル線の腕木信号機には切り離せない設備である。
温暖な地域のため、ワイヤーはホーム下から地面を這い信号機へつながる。
先般、北海道の保存されている設備を見ると、地上から雪を避けて高い位置にあるのが見られた。

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●上下渡り線から宝塚方面
下り本線大阪側から駅本屋と跨線橋を見る。

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●ポイントの連動装置

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●大阪方パノラマ
厳密には立ち位置が異なり、完璧な合成とはいえない。
こんな雰囲気です。
ク5000なんかも居たのでしょう。

Kawanishiikeda

完結

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谷川(福知山線)

まだ16番で同じような駅セクションをスパイクし始めた頃で、「シーナリーガイド」などをめくりながら妄想していた。
路線としては高山線をイメージし、気動車急行が停まる駅だった。
当時は線路配線図などあるわけでもなく、妄想である。
 昭和50年の3月だったと思う。
日曜日に思い立ったように大阪駅から各駅停車で福知山線に乗った。
まずは川西池田駅で構内の写真を撮った。
次の列車で武田尾あたりの車窓風景を見ながら篠山駅停車、しばらくの時間待ち。
DF50の引くローカル客車の雰囲気に浸りながら谷川駅に降りた。
谷川駅は「シーナリーガイド」に「駅をレイアウトする」記事に1枚の写真が出ている。
この駅が作りたいと思ったわけではないが、この訪問でひとつのイメージができたのだと思う。
古い写真で傷やほこり等があるがご容赦ください。
●谷川駅前
国鉄ローカル駅にお決まりの「郵便ポスト」、「電話ボックス」、「松の植え込み」が見られる。
電話ボックスはすでに新しいものに置き換えられている。

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●加古川線ホーム、貨物側線

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●福知山方面
DF50の旧型客車列車(6両)が行く。
右端の線路際には植え込みや古枕木の柵が見える。

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●跨線橋
福知山側の中ほどにレール組みの跨線橋である。

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●駅舎から篠山方面うを見る

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既存のセクションでは有効長が短く、最大5両である。
あと2両くらい延長したいが、そうなると新規に作り直したほうが良いように思う。
 理想としては芸備線三次駅が好ましいが、大きすぎるし。
あまり時間を掛けたくないので、現状で進めていくべきかと考える。

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懐かしい風景・京都駅から

古い写真を発掘してみると、興味あるものが出てくる。
先日の長池駅と同じ日に撮影されたもので、改装される以前の京都駅山陰線ホームである。
今も混み合うが、この当時も多くの人がホームに溢れるように待っている。
 山陰線に限らず、当時の客車(普通)列車の席を確保するために競うように窓から乗る光景が思い出される。私も幼少の頃に窓から乗せられた記憶がある。

後に撮影したものは、すでに
山陰線ホームの思い出(1975年)
で紹介している。

今の京都駅に改装、本来の1番ホームは撤去され、ホームは2番線側に拡張され、
昔の面影もない。
改装前の懐かしい京都駅をご覧いただこう。

●1番ホーム・出発を待つボンネット雷鳥
1991年8月、この秋から工事が始まると聞き、1番~7番ホームまで記録を残そうとコンバーチブルホースマンにブロニーフィルムのPLUS-Xを詰めて撮影に向かった。
とにかく暑い日だったことは記憶に残っている。
この日は、広いホームに人は少なかったことは記録撮影にも好都合だった。
 ホースマンのブロニーロールホルダは一方にリバーサル(RDP)、もうひとつにモノクロとフィルムの切り替えには都合が良い。
ちょうどボンネット雷鳥がホームに到着し、発車間際に都合よく撮影できた。
ホーム先端の向こうには、出雲索引のEF65Pが留置されている。
撮影日;1991年8月10日
Camera;Convertible-Horseman,Horseman 62mm,RDP

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●山陰1番ホーム・キハ20系普通
この日、山陰ホームを見たあと、奈良線の普通列車に乗ったのだろう。
スキャンされた古いネガには、キハ55(くまの)やEF58などが写っている。
活気のあるホームの風景がある。
撮影日;1970年4月
Camera;Konica C35

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 今日の京都駅は綺麗になり昔の渋くレトロな雰囲気はないが、近代化された電車や機関車にはこれも似合いなのかもしれない。
1番線は長距離列車停車し、広いホームに大きな荷物をもった人々が待つ風景は、今も旅に出るという雰囲気は変わらないように思う。

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貝島炭鉱・竪坑(1981年12月18日)

鉄道施設ではないが、貝島炭鉱、竪坑とホッパーを紹介しよう。
1981年12月、九州筑豊地方のローカル線に乗ろうといつもの仲間5人と筑前宮田を訪れた。
私とM君の二人はルートをはずれ、国土地理院の5万分の1地勢図を頼りに、筑前宮田駅からボタ山を越え磯光へ抜けようとひたすら歩いた。
当時、既に廃坑となっており、ボタ山からズリを搬出しているようだった。
ボタ山を越えた頃、眼前に大きな設備(竪坑)櫓が見えた。
付近には既に線路はなく、ホッパーの構造を観察すると線路があったことが想像できる。
当時は入手できる資料もなく、それ以上の情報を得ることはなかった。
 
今回ネットで検索し、「ちくまえ。の行動記録」さんのブログから、「菅牟田駅と竪坑建屋とホッパー」であることが明確になった。
かつては宮田線磯光駅から分岐し、専用線が延びていたことは地勢図からもわかる。
このときは時間も迫り、僅か15分余りの時間で周りを一周し、帰路に着いた。

①磯光方面から竪坑の全景
右手のホッパーは一段低い位置にあり、線路があったものと思う。
この設備の由来を知らなければ、廃墟にし見えない。

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②竪坑設備の側面
既に、鉄材と思われるものは撤去されたのか、コンクリートしか残っていない。
炭鉱というからには、どこに穴があるのか危険で、立ち入るのが恐ろしかった。

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③竪坑裏側、ボイラー室、機械室の跡か
既にガラス、屋根等は崩壊、レンガと窓枠らしきものが残る。

Kaijima03

④煙突
ボイラーがあったのか、高く上部は写っていない。

Kaijima04

⑤積込ホッパー
ホッパーは主設備より一段下にあり、ホッパーの構造が良くわかる。
鉄材は撤去され、スクラップとして売られたのだろう。

Kaijima05

⑥積込ホッパーから竪坑を見る
増設を意図されたのか、コンクリート梁から鉄筋が露出している。
僅かに作業通路とホッパー上縁に手すりが残っている。

Kaijima06

⑦シュート、側壁
側壁が何のためか破壊され、中に残った石炭が見える。

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今から思うと、もう少し時間を掛けて観察し、フィルムを惜しんでの撮影、もう少し細かく撮影しておくのだったと後悔する。
この訪問の後に解体されたのか、今は住宅地となっているようだ。

撮影日; 1981年12月18日
Camera;Convertible Horseman(Topcor65mm f5.6;6X7)

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柵原鉱石ホッパー(1983年5月8日)

1983年は西、南へと地方私鉄を訪れている。
前年までは定期的、1年に2回程度、近畿地方,九州や中部方面へ1~2泊で各地の鉄道を巡ってきた。
毎回ほとんど同じメンバー(もちろん趣味仲間)だが、時々趣味外の仲間が飛び入りで参加、もちろん夜の宴会が目的である。

5月7,8日に当時の仲間と岡山方面へ一泊旅行に出かけた。
新大阪で集合、新幹線で岡山へ
・岡山臨港鉄道
・水島臨海鉄道
・倉敷美観地区散策(泊)
・岡山電軌
・片上鉄道

それまでは、旅行の往復は移動時間、もちろん車内では酒盛りになる。
新幹線だと1時間、それなりに酒が入っていたのは間違いない。
各鉄道の訪問記はまたの機会に譲るとして、本題に移ろう。

駅の奥には大きなホッパーが見え、沢山の貨車が連なって停車している。

①本線から鉱山全景を見る
線路上、ホッパー後に山の上まで設備が見える。
右側は柵原駅ホーム手前に貨車整備の車庫や気動車の留置設備がある。
手前は鉱山を保守するための機材置き場だろう。

Katagami01

②ホッパー全景
手前は秤量設備、3線の留置線がある。

Katagami02

③④ホッパー設備
2軸貨車14~15両程度停車している。
無蓋車上の鉱石の山は3つ、各車2箇所程度シュートがあるように見える。
シュートは大小あるようだ。
貨車の高さより少し上に、通路(キャットウォーク)のように見え、梯子からシュート上に上ることができそうだ。
シュート上には、モータかシリンダ状の機器があり、作業員の操作で一斉に積み込みできるのか、または1両毎に手動で積み込みするのかは不明だ。

Katagami04

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⑤ホッパー妻面
大きな安全マーク、窓にはガラスも枠もなく素通しに見える。
なんとも怪しげな梯子の上に作業員の見張り台があり、3色の信号のようなものが見える。

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⑥⑦秤量設備
この設備が何のためにあるのか、今ひとつ疑問だが、
「60t秤量」と表記され、ホッパー同様に貨車に覆いかぶさるようにシュートがあるので、
秤量後、不足する鉱石を補充するためかと推測する。
2軸無蓋車2両が乗れる長さ程度か。
左端に信号のような標識が見える。

Katagami06

Katagami07

柵原に到着後、折り返しの1時間足らずの時間で構内の見学と撮影を終えた。
車両の見学、特に気動車の見学が主だったが、無蓋貨車の両数に圧倒された。
気動車など車両の紹介は別の機会に。

撮影日; 1983年5月8日
Camera;Leitz minolta-CL,40mm/90mm

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山陰線ホームの思い出(1975年)

京都は昨夜から雪の予報だったが、今朝方起きた頃にすこしちらついた程度。
天気も良いし、外へ出て写真でもと思ったがとても寒くあきらめた。
このところブログも更新が遅れがち、ネタがない訳ではないが意外と準備に手間取ったり。
今日も準備に半日以上を要してしまった。

京都駅山陰ホームと言えば蒸気機関車ブームの頃よく訪れ、中高校生のキャンプにはここから旅立った思い出の場所。
今では、電化され3面のホームに古い113系や183系(485系改造)が出入りしている。
 1991年の8月、暑い盛りにコンバーチブルホースマンを手に、ひとり京都駅へ出かけた。
京都駅が新しく生まれ変わるとの情報で、大正時代からのホームがなくなる前に撮影しようと向かった。
更に遡る1975年5月、蒸気機関車が消滅し、まだ古い雰囲気のある山陰ホームに訪れている。
 2度に渡る取材から、旧山陰ホームの様子を振返ってみることにしよう。

①山陰1番出発信号機
今回改めて気が付いたが、電化され架線があることに気が付いた。
その先には、山陰本線から京都駅1番線への線路が分岐している。
はるか向こうに大宮の跨線橋が見える。
左には153系新快速が写っている。

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②山陰2番出発信号機
ホーム先端には蒸気機関車時代の遺物、給水スポートが残っている。
線路右脇には保線機材など古い倉庫が残り、前方のホテルと対照的だ。

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③給水スポート
長い間使っていないのだろう、凍結防止のむしろが哀れに見える。

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④一番左端の線路は荷物ホームにつながり、荷物車が入線する。

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⑤長距離客車のため給水栓が設置されている。

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⑥山陰2番線起点側、機回し線分岐器付近
このあたりは分岐曲線のため、ホームが湾曲している。

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⑦機回し(C5739;1970年)
75年当時すでに蒸気は消え、機回しはDD51ぐらいに使用していたのだろう。
荷物ホームにワキ1が停車している。

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⑧山陰2,3,4,5番線終端、車止め

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⑨山陰1番線終端、車止め(1991年8月)
75年の画像がなかったので、新しくなっているが、東海道1番線ホームはまだ古い屋根。

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⑩山陰5番線荷物ホームからの夕景(1982/09/10)
スハ43,オハ35,オハ61が最後の頃
今はなき荷物ホームから見る。

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先日も新しいホームから豊岡へ向かったが、この写真の頃の記憶が鮮明に残っている。
今後も順次、昔の福知山線や加古川線の駅風景を紹介したいと予定している。

撮影日;特記外は 1975年5月
Camera;
①②③④⑤⑥⑨;minolta SRT-101
⑦;Konica C35
⑧⑩;コンバーチブルホースマン

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和田山機関支区(レンガ積機関庫)

昔、東海道本線の草津駅にも2線のレンガ庫があったが、つい最近糸魚川の車庫も解体されることが決まったらしい。
和田山は蒸気機関車時代から有名で、以前から訪問しようと思いながら今回になった。
ホームからしか撮影ができないと思っていたが、近所の子供が入っている。
駅を出て福知山方面へ数百メートル行くと、播但線と山陰線の踏切があるので、かなり歩く。
駐車場横からまじかに近寄ることができた。
 都心だと当然、もっと外側に立ち入り禁止の柵がありそうなものだけど、田舎だからなのか、だれも入るものはいないのだろう。

注意;柵の外から撮影しています。決して内部には立ち入らないでください。

さて、車庫を見てみよう。
●全景(福知山寄り)
想像していたより凹凸があります。
妻柱部は黒いレンガが積まれている。
屋根の下は4重ほど積み重ねられ、重圧感がある。
蒸気時代はもっと煤で汚れていたのだと思うが、意外とレンガの赤が美しい。
アーチ部の石材?は意外と分厚く重量感があり、アクセントにもなっている。
全体に蔦がからまって一層雰囲気がでている。

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●妻面(豊岡寄り) 
末期に設置されたのだと思うが、開口部にシャッターが設置されている。
シャッターがなければ、蒸気機関車が出てきてもおかしくないような雰囲気。
工作室、機械室などがあったのだと思うが、全体の2/3ほどの長さがある。

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●屋根
屋根は末期に更新されたのだろう、スレート屋根と思われる。
煙抜きも比較的新しく、本線側は広告の看板のようだ。

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●側面
側面(裏側)は連続して柱とまどがあるほか、大きな開口をコンクリートで塞いだあとが見られる。
車輪などを搬入するためならドロップピットがありそうなものだが。(昔使っていたのかも)
外には職員用の自転車置き場などがある。

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●車庫内
線路、枕木は撤去されているが、ピットと枕木のあとが残っている。
木レンガが敷かれていると思っていたが、コンクリート敷きである。
ドロップピットらしきものは見当たらない。
半分ほど、線路の外側にもピットがあり、制輪子など交換していたのか。

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●屋根骨組み
意外と簡素な鉄骨トラスで構成され、電灯が吊り下げられている。
丸パイプも使われているようだ。

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●工作室側面の電灯
唯一、一箇所だけ古い電灯が残っている。

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●給水塔
一見外観はコンクリートに見えるが、内部を見るとレンガ積みが確認できる。
後年、外部をモルタル補修したのだろう。
給水タンク底は、更新されたのだろう、鉄骨柱の補強が新しい。
内部には給水弁も見られる。
すぐ横に作業小屋があり、ポンプでも設置されているのか?。

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●乗務員宿泊所(乗泊)
比較的新しくみえるが、窓の数からみるとけっこう部屋数が多い。
当時はそれほど多くの仕業があったのか。
1階の窓や入り口は破損を防ぐために塞がれている。

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●地下道(水路併用)
豊岡寄りに水路と併用の地下道がある。
大雨になったら渡れるのかな?。
滑りそうで、夜は怖いぞ。

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●スロープと花壇
駅舎側の地下道横にスロープと花壇がある。
枕木の柵も少し高さが違うし、機関支区への踏切でもあったのかな。

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もっと沢山撮影したが、一部だけ紹介しました。
撮影日;2010/01/09
Camera;Finepix s5 ,AF-Nikkor

●レンガ庫を描いてみた
以前に模型をつくるため描いた図面があったので、機関車(B6)を置いてみた。
和田山なら「C54」だろと言われそうだけど。
和田山とはタイプが異なるのでご勘弁を。
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