貨車

ヨ8000形式とレジン制輪子

ヨ3500からレジン制輪子になり、ヨ8000の話題になってしまった。
 ヨ8000形式がレジン制輪子ということを忘れていたのか、知らなかった。恥ずかしい限りである。
 手元にいくつかの資料があり、朝方に眠れず押入れから引っ張り出してきた。
●ヨ8000形式説明書(大阪鉄道管理局客貨車課)
登場時に、検修用の資料として現場に配布されたものである。
同じく、ほとんど同じ内容が「車両工学1975年1~4月号」に掲載されている。(車両設計事務所)

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全文を掲載するのは難しいので、一部抜粋する。
*****ここから******
・便所の設置
・暖房性能の強化(ストーブ)
・乗心地の改善(新型緩衝器の採用)
などの乗務員の環境改善
・FRP便所ユニットと通風器の採用
・合成制輪子の採用
・油漏れの少ないシリコン緩衝器の採用
などの保守の省力化に主眼を置いた設計
と記されている。また
ブレーキバリは在来のものと同じであるが、制輪子頭(SC42製)を取りつけ、MF化のため特殊制輪子(2F)を採用した。
と記されている。また
特殊制輪子、摩擦係数は鋳鉄制輪子の約2倍を採用したため、ブレーキ率が従来車の1/2となっている。
*****ここまで******
以上の設計意図から、レジン制輪子を採用したのはMF化(メンテナンスフリー)が目的であり、新型緩衝器で乗心地の改善を図っているのであることがわかる。
●ホキ2100のレジン制輪子
ここにもうひとつ興味ある記事を紹介しよう。

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「車両工学1970年6月号」に「ホキ2100形式の制輪子」(釜石客貨車区技術管理グループ)の記事が掲載されている。
  昭和40年に、釜石製鉄所に鉄鉱石の輸送力増大を目的にセキ3000形式を改造し、ホキ2100が誕生した。
当初、特殊な線区のため鋳鉄制輪子の磨耗が激しく取り替え作業は区の悩みの種であったようだ。
詳細は省くが、制輪子の使用限度42mmを23.6日で磨耗したと示されている。
このような理由から、昭和43年から改造を行い
(1)制御弁K-2をA制御弁に変更
(2)付加空気溜の新設
(3)制動倍率を12.09から7.25に変更
(4)制輪子を鋳鉄製からレジン製に変更
  効果として
  ・耐摩耗性が大きい(取替え周期が伸び、検修業務が軽減される)
  ・膨大な鋳鉄制輪子の磨耗が減じられる。
  ・重量が軽い(9.9kg==>3.7kg)
  ・磨耗粉の飛散が少なく、摺動部、給油箇所が汚れない。
このような状況から1日あたり400tの輸送量の増加と運用効率の改善が見られた。
また費用面でも大幅に減らすことができた。
●ヨ4842、4843のレジン制輪子
さて以上のような資料から私なりに推定してみた。
車掌車という条件から、制動力としての期待は薄いと考えられる。
検修に係わる修繕費、特に人件費という点からメリットがあるだろう。
昭和60年当時、鋳鉄制輪子の単価@500-程度、レジン制輪子は@4,000ー程度だったように記憶する。仮に寿命が8倍以上あれば材料費として優位であり、交換時の人件費とともに大きな効果が期待できる。
北海道の厳しい環境下、長期的に見ても大きな省力化(MF)が図れると思う。
ただし条件としては、ブレーキ機構の改良、ブレーキテコの倍率等の変更が伴うだろう。
 つまり国鉄末期、当該車両においてレジン制輪子への交換による経済的効果を試験していたのではないだろうか。
事例は異なるが、大鉄局でも改良部品等提案の募集があった。
実車に改良部品を取り付け、データを収集の手伝いをしたことがある
国鉄から貨車が無くなる、廃車前に当該車両が試験運用されいたのではないかと推測する。
となると、再度現地調査をして、ブレーキ機構の寸法確認等が必要になりますな~あ。
さて廣瀬さんどうですか、いつ渡道しましょう。8月の盆休みか、9月の3連休がよろしいか。
千歳でも帯広でもお迎えに上がりますよ。
完結
※追伸
これら資料、興味ありお読みになりたい方がありましたら一報ください。
お貸しいたしますよ。

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ヨ3500の保存車

 そろそろ北海道気分も抜いて本来のディテールの話題に戻したいが、ネタとなるスキャンデータの用意ができないのでもうすこし北海道の話題にお付き合い願いたい。

 何度も北海道へ行っているのに、保存貨車を訪れる機会は少ない。
今回は数か所で2軸貨車を見学したが、正直なところあまり良好な保存状態とは言えない。
 ヨ3500形式(ヨ4842号車)、旧士幌線士幌駅跡に交通公園として、隣には2両のワム80000形式が保存されている。
駅舎は当時のまま保存されているようだが、貨車は塗装してあるだけで標記は省略してあるのが残念である。またサビも目立つ。

今までヨ3500形式はきちんと撮影した記憶がなく、5000形式との比較のため下回りを撮影した。
●サイド外観
標記は省略されている。

Yo484201

●妻外観
尾灯レンズが破損している。

Yo484202

●デッキ踏段
雪国特有のメッシュに交換されている。
Yo484203
●1段リンク装置
2段リンクと比べ、シンプルで小さく見える。

Yo484204

●走り装置
2段リンク改造で見られる軸箱守の補強(アングル)がない。
ところがこの車、制輪子が変だ。レジン制輪子が付いている。
本来ならあり得ないが現役時から装備していたのか。

Yo484205

レジン制輪子には「1F」「2F」「4F」とがあった。
特急貨車(コキ10000系)は「1F」
コキ50000系他ボギー車は「2F」
特急貨車で耐雪用は「4F」で、特急電車の一部にも使用されていた。
このように2軸車に装備した事例は聞いたことがない。
 私の想像であるが、保存後に何らかの理由で紛失し、手近に入手できる部品を流用したのではないかと思われる。なおもう1両、糠平駅跡のヨ3500も同様の事例である。
因みに北見相生に保存されているワフ29500形式は制輪子「甲」型を装備している。
どなたか真相をご存知の方があれば教えていただきたい。

レジン制輪子、本来は高速域で効果を発揮するものであり、高速で走ることがない、制動力をそれほど必要としない車掌車に必要とは思われない。
完結

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ト400(遠州鉄道)

先に報告したように、加悦鉄道を訪問した。
今回で4度目になるが、気になる貨車が展示されている。
毎回、晴天に恵まれるが、反ってコントラストがついて全体がうまく撮影できないのが残念だ。晴天だから文句は言えない。

無蓋車のト400形式である。
車号; ト404号車
撮影日;2017年5月7日
画像処理で補正している。

●説明板
加悦鉄道でも類似する貨車が保有されていたが現存しないので代わりに保存しているようだ。
保線用として使用されたのだろう。

Dscf1722

●名板
大正12年、日本車両製である。

Dscf1725

●外観
妻板は朽ち、破損が著しい。
妻柱は角材である。
綱掛け、連結器解放テコなどはきれいに残っている。
ところが、側板ヒンジが何かおかしい。
最下段の1枚だけが開くような構造だが、中央のヒンジは上部まで伸びている。
これでは、開かないではないか?。
側板上部は固定されている。
何かの理由で開かないようにしたのか、保存に際して上部までヒンジを設置したか?。
疑問である。

Dscf1733

端梁にはバッファーの穴が残っている。

Dscf1713

Dscf1720

●荷台
床板にホッパー状の鉄板が敷かれ、荷卸がしやすくなっている。

Dscf1745

●側ブレーキテコ
古いピン挿入式である。
側梁は後年の貨車とことなり、歯が内向きである。
シュウ式担バネである。

Dscf1726

●連結器、緩衝器
自連換装以前からだろうか、端梁-中央梁に斜材がある。

Dscf1735

●ブレーキ装置
コンパクトにKDブレーキシリンダが設置されている。
古い形式にかかわらず、しっかりしたブレーキ装置だ。
標準的な古典貨車のブレーキ装置である。

Dscf1730

Dscf1737

下回りは比較的良好な状態である。
ぜひこの形式は製作したいと思っている。
怪しい側板に魅力を感じる。

完結

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車掌車のストーブ

ゴールデンウイークを前倒しにして遠出するため、しばらく更新は止まります。
皆さんがお休みに入られる頃には何らかの報告ができるだろう。

さて、ヨ2000,ワフ35000と車掌車,緩急車が続いたので、ストーブの種類をご覧いただこう。
貨車用ストーブが設置される以前は、20L缶を少し小さくしたような円筒形(パイプ状)の七輪のようなものを持参して乗り込んだと聞いたことがある。倉庫の隅にそれらしきものが放置されていたこと思い出す。
戦後には石炭ストーブも設置され、大幅に居住性が改善されたのだろう。
私が貨車区に着任した頃はヨ8000形式が新製配備されて、最新型の石油ストーブが旧来のものを置き換えたもの見ることが増えた。
貨車用ストーブの種類には、
(1)ダルマ式石炭ストーブ
(2)ダルマ式石油ストーブ
(3)OS-2型石油ストーブ
このほかに「OS-1型」が
コキ10000形式等に設置されていたが、トンネルに突入する際、気圧の関係でストーブ上部の蓋が吹っ飛ぶことがあると聞いた。
OS-1型は1度見たことがあるが、該当車の所属も無く、撮影していない。
また、徐々にOS-2型に交換されたものもあるように聞いた。

●ダルマ式石炭ストーブ
出入り台がないので、ワフだろう。
写真には見えないが、出入り口引戸横に石炭を入れる鉄箱がある。
ワフ35000形式、「●出入り口と車掌弁」を参照願いたい
中が解るように灰箱を引き抜いてある。
 車両の振動も激しいためか、ダルマ下部の取付け耳部の欠損で交換されることも多かった。ダルマ本体は8000円くらいだったか、年間に数個交換していたように記憶する。

B066005

●ダルマ式石油ストーブ
前出の「ダルマ式石炭ストーブ」の火格子(ロストルと言っていた)を撤去し、灰箱内にバーナーを設置し、石油タンクから箱型の油量調整器を耐油ホースで結んでいる。
左隅の三角形の箱が石油タンクである。
末期には、部品の入手も難しくなり、OS-2型用の油量調整器に交換したものもあったようだ。
ヨ6055号車

B066006

B066003

B066004

●OS-2型石油ストーブ
ヨ8000形式で新設されたOS-2型を在来形式のストーブの代わりに転用した。
ドレンダメがタンクの下に設置され、油量調整器にはマイクロフィルターが装備されている。
また、ストーブ外部から電気式のファンで送風される。
部品点数も多く、油量調整器が高価なため、毎秋の整備期間に在庫が間に合わず苦労した。
ヨ14283号車

左上の窓際にあるのが電源スイッチのようだ。
石油タンク上部から車外へ空気抜き管が見える。

B066007

点火時は、上部蓋から火をつけた新聞紙等を投下して、電源を入れると添加する。
中央の丸いのが「のぞき窓」で着火状態を確認する。
左側に電動ファンが設置されている。
右側が締切りコックと油量調整器である。

B066009

タンク中央に白いカード(交番検査票)で整備状況が示されている。

B066008

模型ではこれほど細部は必要ないだろう。
必要がなければ内部に立ち入ることも無いので、見ることも少ないだろう。
完結

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吹田貨車区の出来事-(5)

 新年になにか珍しいもの、いつかこの写真をお目にかけようと思案していた。

私にとっては、「畏れおおい」、「厳かな」というような存在であった。
詳しい日時は避けたいと思うが、お気づきの方は忘れられない出来事だろう。
在職した10年で、何度か遭遇している。
実際に稼動を見たのは1度と、この珍編成ではないだろうか。
他の列車を止めても走らせないといけない、「救援列車」である。
 吹田操車場には、「吹田第一機関区」「吹田第二機関区」「吹田貨車区」という運転施設があり、吹田第一機関区には「操重車」1両と「救援車」2両(他に代用2両)、吹田貨車区には「救援車」1両が配備されていた。(交番検査は非常に備えて通常通りに行われている)
この朝、どのように出勤したかの記憶は残っていない。
朝の点呼で概ね状況は把握していたが、「救援車」が出動するのではないかという雰囲気だった。
まもなく救援車の搭載品の確認をするというので、K検査掛を手伝ったように思う。
11時過ぎにDD13と車掌車1両、救援車1両が貨車区出区線(留置線)に設置された。
第一機関区の検修詰所前に見に行くと、「操重車」と「救援車」が留置されている。
この日は昼の入換えが始まる気配も無く、12時過ぎに出区するのではないかと推測し、昼食も食べずに信号場横でカメラを構えた。
●吹田貨車区から操車場へ向かう救援列車
前方から
DD13121
ヨ6587
オエ6176(吹貨)
スエ7115(吹一)
ワム65369
ワ10012
ソ87
チキ1145(控車)

よく見ると車掌車には何人か作業員が乗車している。
後方は少し切れているが操重車が黄色く見える。
吹田操車場構内へ向かう救援列車である。

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●救援列車後方
上に見える黄色い手すりは東海道下り本線で、出区線から操車場構内へ向かい、本線へ出発するのだろう。本線はこのDD13が牽いたのかは定かでない。
操重車にはチキ1145の控車にブームと吊り上げ器具が搭載されている。

198402

この日は、姫路に配置されていたソ160形式も出動したと後に知った。
 ひとつ余談であるが、ソ80形式の最大吊り上げ荷重は85tonであるが、ブームを最大に上げ、旋回半径を最小にした場合であって、「内ふところを確保」つまり旋回半径が大きくなると貨車1両程度を上げるのが限界であるそうだ。
機関車などは吊り上げるのは無理があって、現場で分解、解体されるのが通例である。
 別の転覆事故に立ち会ったが、貨車1両を吊り上げるために、ソ87が自走しながら定位置に着き、枕木を並べアウトリガーを設置、玉掛け(ワイヤーを取り付け)し吊り上げるには段取りと時間を要するのをみて、容易ではないと感じた。
またそのときの現場は緊張し、カメラを向けるられるような状況ではなかった。

本線を走行したのを見た方はあるのだろうが、話題にはならなかった。
いまどきのSNSなど一気に拡散されるのだろう。
あまり話題にしたくはない珍しい列車であるが、模型で再現されるのも後世に残す機会ではないだろうか。

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吹田貨車区の出来事-(4)

あけましておめでとうございます。

2017年は、国鉄の民営化から30年を迎える。
私の退職は目前の1月末だったから、早いもので30年だ。

前回の話題と関連した写真が出てきたのでみていただこう。
●DE1028の入換え(1982年)
昼休み、乗務当直の2階廊下に上がると入換えの状況が良く見える。
吹田工場の入出区線の向こう側に通勤客車が止まっていて何れも2代目に変わっている。
背景の「○○ロープ」「○○建設」の建物も今は新しく建て変わっているようだ。

19850501

●入換中のDE
向こう側には通勤客車が留置されていて、電池職場の前には安全塔がある。(右側の黄色い螺旋)
花の左には電池が並べられている。
機関区のDD51やDE10に使用される鉛蓄電池(TRK15-12型)である。
機関車の電池のメンテナンスは吹田貨車区で担当していた。
毎年、50個近く新規に購入するのだけれど、入荷時は電解液は入っていないが重く、一人では運搬できなかった。
初夏に入荷するが辛い作業だった。
電池の電解液は比重の大きい「希硫酸」の20L入りで、ポリタンクがトラック1台200本近く、荷卸も厳しかった。作業服を洗濯すると穴が開くことも度々あった。

198501

次回は普段見られない場面をごらんいただけるよう準備している。

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吹田貨車区の出来事-(3)

8年余り、貨車と向き合って仕事をしていて、何千両も出会っているだろう。
そのなかでも珍しいナンバーの車両は何両か出会い記録している。
 僅かだが珍しいナンバーの車両をご覧いただこう。
●EF66901
撮影;吹田機関区
昼休みに食堂へ行く途中、第2機関区の始業検査庫の付近では電気機関車に出会う。
中でもEF66は多いが、この日はEF66901に会えた。
試作機ではあるがトップナンバーである。Ef66901

●ワム50000
撮影;吹田貨車区
側板はすでにベニヤ張りでワム50000のトップナンバーであるが、小窓が設けてある。引戸横には「空気圧縮機積載車」と表示されている。
貨物室には、ディーゼル発電機、コンプレッサー、大型エアータンクが装備されている。
床下には通常のブレーキの他、エンジンのマフラーやエアー供給用の継ぎ手が設置されている。あらためて「貨車のディテール」の項で詳しく説明しよう。Wamu500002

Wamu500001

●コキ50000
撮影;吹田貨車区 1983年2月9日
コキ50000形式が入区する機会は少ないが、偶然にもトップナンバーに出会い同僚たちと記念撮影した。
Koki50000
●ヨ5000
撮影;吹田貨車区 1982年10月29日
ヨ5000形式のトップナンバーである。
京都鉄道博物館のヨ5004と同様に、ヨ3500の2段リンク改造らしく軸箱守に補強が見られる。登場時は緑色だったのだろうか。Yo5000
●トキ25000
撮影;吹田貨車区1番線 1982年9月2日
トキ25000形式のトップナンバーである。Toki25000
●ワラ333
撮影;吹田操車場 1983年
残念だがナンバーしか撮影していない。Wara333
●ワラ444
撮影;吹田操車場 1983年
ワラ333の近くに居り、廃車予定の数百両が留置されていた。Wara444

Wara4441

●ワラ11111
撮影;吹田貨車区 1983年
ワラ1形式は1から始まるからか珍ナンバーによく出会う。Wara11111
●ワラ1
撮影;吹田貨車区 1983年9月19日(プリントからスキャン)
ワラ1形式のトップナンバーである。
同僚で今も交友があるK君(指令長氏)と二人ではしゃいでいる。
もう26歳を目前にオッサンか「紅顔」の面影はない。
※仲良く手を組んでますが、ただの仲良しです。

Wara1

もうすこし細かに探せば沢山の珍ナンバーに出会えただろう。 完結

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吹田貨車区の出来事-(2)

「バキュームカー積み」や「通勤客車」の話題にいろいろご質問もあったが、順序だてて撮影したものがなく、有り合わせの写真になってしまう。
当時の私の1日をからお話しすることにしよう。
●吹田貨車区・倉庫手の1日
当時は倉庫手などという職名は無く「構内整備掛」で、一番下っ端である。
着任当時の私は、19歳の紅顔の美少年(自分で言ってどうする!)だった。
8:15頃 通勤便で出勤
8:25  作業服(ナッパ服)に着替えて事務所に集合
8:30  始業ベル(ブザー)で「点呼」が始まる
8:35頃 国鉄体操の音楽が始まる
      倉庫のシャッター、引戸を開ける
      油倉庫のシャッターを開ける
8:45  先輩方に朝のお茶、コーヒーを配る(下っ端の仕事)
      大先輩から指示があり、同僚と作業の確認
9:00  火、木、土曜日は配給車が入区、積降の開始
10:30 モーターカーが入区し、物資を搭載する
11:00 検修作業が一段落したら、「制輪子」をフォークリフトで積降
11:30 午前の払出し伝票の整理
12:00 昼休みのブザーと同時に昼の入換え作業が始まる
13:00 午後の検修作業が始まる
13:30 吹田(操)へ配給車の車票を受取に行く
14:30 モーターカーが入区し、物資の卸し作業
15:30 配給車に伝票(送り状)と確認し、車票と封印環をセットする
16:30 油倉庫の給油器具にマシン油を補充しシャッターを閉める
      倉庫のシャッター、引戸を閉める
      その日の伝票を締め、現品票に払出し処理する
16:30頃 夕方の入換え作業が始まる
17:08 通勤客車が岸辺駅に向けて出発する
このように倉庫手の1日は終わる。
夏場だと入浴して帰宅の途に着くか、大先輩のお誘いで一杯の飲んで帰るわけである。
(成人してからですよ)
●入換え作業
・早朝 (前夜に構内で捕捉した貨車の押込み、臨時検査対応)
・昼  (午前の検査車両の引き出しと午後の検査車両押込み)
・夕方 (午後の検査車両の引き出しと翌日の検査車両据付)

●吹操構内から貨車の引きこみ
写真は検修業務が終わって、貨車解体業になってからのものである。
機関車はDD51だが、当時はDE11やDD13が担当した。
一旦機回しが済んで引き上げ線へ向かうところ。19840702_2

●押込み
このときは、解体作業のため、10両余りを一気に検修車庫押込んだ。19840705
●引き上げ
左端に構内係作業員が乗車しているが前方を見ているので、引き出すところだろう。
検修作業の終わった貨車は数量単位で引き上げ、仮置きする。
L010930
●引き上げ
引きこみ線に仮置きする。架線はない。
タンク車が入ることは少ない。
左側のタキ6558は機関区側にあった電気化学工業にから引き出した車両だと思われる。
L010931_2
●引き出し
入れ換えが終わって、貨車を吹操構内へ持っていく。L012718
●工場入出区線
左側が引きこみ線で貨車を仮置きする。架線はない。
クル144が工場から出区していく。架線がある。
入換えの機関車貨車を引いて仮置きし、工場寄りでポイントを渡って機回しする。
通勤便が廃止になって、機関車のみ据付られている。
L012633

的確といえる写真ではないが、何かの参考になれば幸いである。

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