生活

搬出が終わった

 31日、工作室(旧家屋)の搬出が終わった。
あと一週間、廃棄物の分別整理し次の日曜日にすべてが終わる。

格安の軽バンをレンタルし、私、長男、友人の3人で6往復した。
主なもの
模型、書籍、機材等段ボール、38個
洗濯機、電子レンジ台
カラーボックス、ワゴン(10台)
電車の座席(2台)
パソコン、プリンター(A3)、スキャナー、液晶ディスプレイ
旋盤、フライス、テレビ
模型セクション(ホッパー、高架桟橋、転車台x2、北海道駅)
その他

予定より、少し前倒しで終わり、1時間程談笑して解散した。

まだ整理が終わっていないものもあり、今週末に2回ほど往復が必要だろう。
捨てるはずのTMS,トレインも残すことになった。

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セクションの梱包状態、比較的うまくまとまった。

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不用品を整理する途中で、こんなものを見つけた。
高校生時代の美術のスケッチブックである。
美術は苦手だったが、このレタリングは楽しかった。

指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンである。,
週間FMの記事を切り抜き、トレぺに書き写し方眼メッシュを切って画用紙に書き写す
左側はペンで墨入れをし、右側はデフォルメして着色した。色の組み合わせは下手糞だ。
 現代なら、スキャンしフォトショップで白黒二値化すれば一瞬で、プリントすれば30分掛からないだろう。
昔のデザイナーもこのような作業をしていたのだろう。基礎だ。
 私の現在のCAD作図も、これら作業と通じるところがあって、好きな作業である。

さて、あと一週間、最後の作業が続く。

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現地調査に立ち会う

 昨日は朝から激しい雨で、雷もなっていた。
いつもより早い目に、家を出て濡れても良い服装で万全の態勢で現地へ向かった。

 時間通り、現場担当者と建築士さんが来て早速、道路幅の確認、計測をしている。
一方、解体業者さんと名刺の交換、挨拶をする。

 昨年秋から草引きをしていなくて、建物横の通路が背の高い草とツタが絡まっていたので、雨のなか事前に倒しておいた。
長靴をはき、作業員さんたちを案内して、土地外周の計測のお手伝いをしながら、担当者と意見交換をする。

隣地境界の塀の位置確認、取り壊すか、残してリニューアルするか。
過去の設置時期と当時の状況を説明したり、忙しい。
担当者さんと建築士さんの間では、次々と指示、確認の言葉が行きかう。

 私が建築、土木業界に関わったのは30年以上前で、当時、明らかにパ〇〇ラ状況は日常存在したし、ある程度は覚悟していた。
今目にするのは、ちょっと強いかなという感覚はあるが、お互いの信頼関係があるのだろう。
私が間に入って、質問をすると3者で協議しながら、課題を一つ一つクリアしながら少しずつ進捗する。
 この日を迎えるまで、本当に新築できるのか不安だったが、担当者の意見を聞きながら、確信を持てた。

一方、解体業者さんというと、こういういい方は偏見なのかもしれないが、自分の関わった中では強面の方が多かった。
ところが、頭も腰も低いし、好感度の高い責任者さんでお供の方も物静かな御仁である。
 外部から測れない、2階部に案内して部屋内をレーザー測定器で測る。
今の時代便利だなあ、ひとつ欲しいなあと思う。保存車両の長さ測るのに。

幾つかの課題は残るが、皆さん納得し、建設が可能だということを確信して帰られた。
そのあと、建築士さんと確認事項の打ち合わせ、次回までの決定事項の情報交換を行った。
すでに雨は止み、空も明るくなってきた。
駅までの道順が複雑なので、買物がてら道を案内して、新しい展開、1日が終わった。

打合せの中、不明な点がいくつかあった。
帰られた後の親父の残した資料の整理、廃棄の分別の際、不明な点が明らかになるような資料が複数見つかった。
それぞれ違うファイルに閉じられ、塀の状況が明らかな写真や、新築から今日までの見積、請求書などがファイリングされていた。
厳格で私や家族には厳しい人であったが、偉大な人だなあとあらためて思う。

 さて今回、解体業者さん、京都では多くの公共事業に関わっておられるのもあるが、環境ISO認証を取得されていたのは安心した。
私自身が環境ISOに関わった時期は、2003~4年に取得の際の責任者を担った。
比較的、環境負荷の少ない業種だったが苦労も多かった。1年後無事に取得できた。
 解体業者さんは現場の化学物質、粉塵、廃棄物には環境負荷の大きいものが多く含まれているだろう。
私も産廃業者さんの現地確認は経験したが、運搬、処理に厳格な処理が問われる。
取得された2000年初期はまだ、この分野での取得されたお会社は少なかっただろう。
多くの苦労があったのだと想像する。他人事ながら、今もそれを持続、継続されていることに頭が下がる思いである。
もちろん、公共事業に関わるには必須の資格であろうが、ご担当者の信念がうかがい知れる。

 数日前まで不安が彷徨っていたが、現地でそれぞれの立場で顔を合わすと、信頼感が感じ取れた。

いよいそ、建築までの前処理も終盤を迎えることになる。あと一週間、無事に乗り越えたい。

1961年5月上棟式のあと自宅アパートにて
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廃棄物の山

 昨日は自宅の3階から、電子ピアノを一人で降ろした。
こんなに重いとは思わなかった。
26年前、メーカーのおじさんが一人で階段を運んできたとき、そうは感じなかった。
帰り際にその作業員さんは、華麗な鍵盤さばきで曲を演奏してくれた。さすがメーカーさんだと思った。

88鍵、長さ1370mmで、全重量は37kgのようだ。
左右脚、背面底部、鍵盤部の4分割し、マットにくるんで、引きずるように階段を降ろした。
音階を発するか確認したが、音楽の素養がないのでわからない。
あとは知り合いにお任せして引き取り先をさがすことにした。
でも、マンションだと大変だなあ。エレベーターがないと男二人でも厳しい。

 ひとつ山場がすんで、工作室の書籍類を廃棄する段取りに入る。
永年父が集めた古本、歴史書や地図が多い。

懸案だった地図は引き取り先が見つかったので、明日発送する。
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父の古本も、この10年見たことがほとんどなかった。
1割ほど残して古紙回収に出す。
やっと半分が終わった、押し入れにあと半分残っている。
古い写真アルバムは廃棄しかない。

鉄道雑誌を購入し始めたのは1970年頃だが、TMSは一桁号から集めたが、多くは知人に格安で譲った、
残るのは、1965年以降、1990年まで残っているが、同じく譲ったりして虫食いである。
もう一人の模型の相棒が残してほしい記事があると分別したので、それ以外は廃棄する。

とれいんの創刊~1980年頃は同様に廃棄する。
この10年見た記憶はないし、みるものは別に保管している。
28日に古着と一緒に古紙回収にお願いする。

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さて、先日、母の和服を処分をお願いしたが、9着950円だった。
こんなことなら10年も残さず捨てるんだった。

明日一杯で古本処理をしたい。
捨てるのだから適当に紐で括ればよいが、つい、カテゴリーごとにまとめてしまう。性格かなあ。
今週いっぱい廃品処理が続く。

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古家での生活からおさらば

この地に住んで60年余り、築63年の古家である。

14年前、父が90歳を迎え、母から懇願され、家族と離れ両親と同居した。
それから2年、母は体調を崩して1か月も経たず、搬送後4日で亡くなった。
 一方父は時を同じくして、誤嚥による心肺停止で、1年あまりを病院と 施設を行き来しながら亡くなった。二人の介護は必要なかった。
 その後、自宅へ帰ろうとしたが、私の住む部屋はなく、両親の自宅に7年ほど一人で生活した。
車を購入して北海道や九州、撮影に、模型もレイアウトを作ったりOJに転向したり、工作に没頭した。
それによって、妻は私のこと見限ったのだろう。
コロナが始まり、妻は体調を崩し検査を受けたが判明しない。
2020年末に、体調の悪化が著しかったが、なぜか病名は明らかにならなかった。
 私は自宅に戻り、家族の食事と妻の介助、介護の世話を3か月続けた。
妻の食事は細くなり、意を決して救急車で搬送された病院で、その日の夕方、病名が明らかになった。
それから20日目に妻は亡くなった。

 その年は工作の環境もなく、時間もなかった。家族の世話に専念した。失った家族との10年を取り戻すように。
当時、自宅の狭小3階建て生活は厳しく、老後の不安を感じた。
何か打開策はないか、無性にCADで老後を改善できるよう家屋の図面を描いた。
平面図(間取り図)は100以上は描いただろう

 昨年末、工作室(両親の家)へ行ったが寒くて工作ができない。
住んでいない家は寒く、築63年の家屋は老体には厳しいものであった。
正月から一か月間新しい間取り図を描き続けた。
今回は以前と異なり、ローコスト、価格を抑えるためにはどのようにするかも考えた。
床面積、建築面積を抑えるための手法、屋根面積を減らす、壁面積を減らす。
昔と違って、現在の家は耐震、気密性、保温性を高めるため、工事費用は高くなる傾向にあるようだ。

 そのようにして描いた平面図、立面図、断面図を地元の工務店に持ち込んだが、思い通りにはいかない。
幸い、知り合った方々から、費用面でのアドバイスをくださり、何とか実現しそうになった。
更に床面積の低減、余計な設備を間引いた。
 信頼が確保できるか、実務担当者、設計者間の丁々発止のコミュニケーション、私の質問に対する的確な回答、指示、それは新居を託すための信頼関係は十分に感じ取れた。
 一方、私の近辺から新築された方は「高かった」という単純な感想である。
何がどれだけ、何と比べて高いのか、実際の金額は高いのは明らかだ。
どんな原因があったのだろうか。
もう少し分析する必要があるだろう。

さて、4月中旬に63年の古家を解体し、6か月余りを要して、念願の工作室、レイアウトルーム付新居を建築することにした。
周りの住宅と比較すると、小さく、背の低い家屋である。

 数日前から、古家の不用品を排出し、解体に向けた準備中である。
何度、2階から1階へ、そして玄関の土間へ降りたことか。
不要な家電品、父の集めた鉄、真鍮、アルミの材料の分別。
今日は朝から筋肉痛で午後は寝込んでしまった。
寝たら少し回復したが、立ち上がる際に手足が痛む。
近所の方から無理しないよう、倒れないようお気遣いがうれしい。

あと半年、今年一杯は工作もできないし、鉄道趣味は制約される。
著作だけは自宅で続けていきたい。

時が来たら、可能な範囲でお披露目したい。
実現したら、思う存分工作、鉄道趣味没頭したい。
まだまだ先のことである。

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しばらく工作を休みます

 当分の間、工作ができなくなるので工作記事はお休みします。更新もしばらく。

「ワム3500を探る」「特別二等車を探る」は少し在庫があるので、常時注文をお受けします。
こちらから

初夏頃に次の著作を出版できるよう準備したいと思います。
準備出来次第、この場でお知らせします。

「工作できない」というと、いろいろご心配のメールをいただくのですが、体調が悪いのではなく、工作できる環境が当分のあいだ無くなるのでどうしようもありません。

今年一杯、整備に掛かると思いますので、時期が来たら再開したいと思います。
同時にレイアウトルームも実現出来ればよいのですが。
ご心配をお掛けしますがよろしくお願いします。

 昨年は、4月~10月まで半年余り、自宅と工作室を往復しましたが、家族の食事の支度をしながらで体力的な負担が多いのです。
特に冬場、夏場も体の順応が厳しく、何らかの対策をしなければ工作の継続は難しいです。

来月から工作室仕舞いをして、重量物、工作機械をレンタルコンテナに預けることになります。
手元に置ける模型も僅かで、遊ぶことも難しいでしょう。

4月の大阪での運転会を最後にしばらく模型をお休みします。

まあ、図面はパソコンさえあれば制約がないので、嫌になるほど貨車の図が描けるでしょう。

しばらくの間、おさらば・・・

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梅田で飲み会

 梅田で「鉄道バザール」が開催されるので午後から出かけた。

特に欲しいものはないが、ジャンクなどあれば。(去年は動輪4軸を買った。)
2周ほど回ったが、プラ客車のジャンクが数両あったくらい。
中古と思われる台車がいくつか、TR-55,TR-23があった。

今回の調達品は
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左から、色が変だけどカツミのクロスシート
TR-23がブレーキシューの有り無し各1組、メーカーは不明。
近い将来、友人のペーパー客車を整備する際に使う予定。

いつもの友人と、会場で会った方と3人で居酒屋で一杯飲んで、早い目に帰ってきた。

さあ、2月はトンネルクラブの運転会があるので旧作の客車でも整備して走らせよう。
ちょっと寒さも和らいだし、工作室へ行こうか。

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今年最後の茶話会

 ことしも残すところ数日となり、28日は梅田で13mmの友人と茶話会に行ってきた。
約束の時間までに余裕があったので、中古ショップ2軒を覗いたが収穫は無かった。

 13mmの仲間は京都では少なく、他府県のに多いので運転会など話せる機会が少ない。
工作が進まないときでも気軽に合って、工作談義、情報交換するのが楽しい。
いつもの客車談義はもちろん、改軌方法の要点も教えてもらった。

 コロナがあと撮影仲間と会う機会も少なかったが、春に3人で明治村に行ったほかは撮影に言っていないので顔を合わせていない。
3人で会うことになり、昼食会に集まった。
ファミレスで食事をして、友人の実家へお邪魔して3時間程写真談義や模型談義をしてきた。

 毎度話題になるのは友人の製作途中のC51であるが、いまだ行方不明らしい。
今回は古典車両が出てきたので披露してくれた。

10両ほど、半世紀前に自作されたペーパーモデルが、色褪せず保管されていた。

上回りはペーパー製で、手書きのレタリングもされ完成度が高い。
下回りは16番であるが、台車は真鍮片の積み重ねて組み立てられ、大きな乱れは無い。
僅かに発錆があるが、修復できる程度である。

今は時間がないので難しいが、近い将来、修復し13mm化して走らせたい。
残念なのはこれを索引する機関車で、自作900型は解体されたようだ。
このほかにも加悦2号機、6600型などを見た記憶があるが、現存しないだろうということだ。

実現できたなら、当方のB6か、もう一人の友人に譲渡した5500に牽かせたい。

私にはこの客車の由来はわからないが、「陸蒸気からひかりまで」にある客車だというのはわかる。
後方に数両の旧型電車がある。

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上回りはペーパーで、スジ彫がわかる。
トラスバー、真空ブレーキも装備されている。
台車は全自作、一つ一つ手ずくり感はわかるが、大きな乱れがない。
床板は真鍮製のようだ。

この頃最後に会ったのは1978年頃、だったが見た記憶がない。
箱の中で保護するために巻いてあったのは「asahiweekly 1977」の日付があった。

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写真談義も、模型談義も楽しかった。

さあ、模型製作に戻れるのはいつだろう。

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中古屋さん徘徊(京都&日本橋)

 たぶん、当分工作はできそうにない。お休みします。

京都四条へ買い物に行って、中古屋さんに寄ったが珍しいものはないが。
エコーモデルキットのミゼットがあった。¥2,000-
安かった。

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先月もピノチオと思われる客車キットの未完成車体が2両出ていたが、高かった。

 家族が日本橋へ行きたいというので、中古屋さんを廻った。
特に欲しいもの、買いたいものはないが2軒を見たが古いHO完成品が強気な値段だった。
EF63のキット(上下)が4セットもあった。
シナノマイクロのキットも高い。

 最近感じるのはパソコンショップが減った。
今夏、1店舗閉店になったが自作パソコンも以前のように賑わいは無さそう。
中古レコード、CD店も少ないように思う。移転したのだろうか。

特に目立つのはアニメ、フィギュア等オタク化しているように思う。

以前は仕事帰りに毎日寄り道した頃もあったが、当時のようなワクワク感は無くなった。
自分自身もネットで注文することが多くなったし仕方ないのだろう。

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東山で集合

 しばらく家庭の事情もあり工作室に行けない。

 今年3回目の東山集合である。
忘年会には少し早いが、お店の予約がとりやすい時期に開催したが、祝日に近かったのか集まった人数が少なかった。

河原町周辺はシーズン中でもあり混み合い、帰りの電車もまあまあ混んでいた。

7名、3時間、珍しく模型や鉄道の話にならず、近況報告で3時間が終わった。
遠方へ帰られることもあり、20時でお開きとした。
殆どお酒も残らずに帰宅できた。

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今年もあと1月を残すだけである。
工作室仕舞いもはじめないといけない。

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枚方へ

 友人であり、写真のお師匠でもある「たつや」さんの写真が民家カフェに展示されると聞いて、枚方公園まで行ってきた。
枚方公園駅、沿線ということで京阪電車をテーマに、初めて見るものがほとんどでした。
いつものとおり、だれも撮らない撮影場所ばかり、よく探すものだなあ。
高架工事も始まり、その風景も見られなくなるようだ。

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ランチとドリンクをいただいて、久しぶりに雑談した。

帰路は京阪電車で四条まで出て、中古模型屋さんと高島屋に寄ってきたけれど、外国の方と思われる、知らない言語を聞くことが多かった。
祇園も後祭のようでまだまだお祭り気分です。
阪急電車も混雑し、冷房が効いているとはいえ、炎天下は暑いです。電車の中では居眠りして。
さあ、来週は集会も近いし、何か成果をつくらないといけないなあ。

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